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LIFE 生活

2025.09.12

異なる出自が響き合う伝統と革新の夫婦窯 京都・東山『蘇嶐窯』を訪ねて

清水焼発祥の地・京都市東山。そんな京都焼き物文化の伝統が根付くこの街で、新たな挑戦を続ける窯元『蘇嶐窯』を訪問。工房・ショップ・ギャラリーを兼ね備えたユニークな空間で営まれる、夫婦二人三脚のものづくりの姿をご覧ください。

工房・ショップ・ギャラリーがひとつになった陶芸夫婦のお館へ

清水焼発祥の地・京都市東山にて、夫婦二人三脚で営まれる窯元『蘇嶐窯』。販売スペースと工房が共存する1階スペースと、シックな雰囲気の中でさまざまな企画展示を行う2階スペース。製陶所・ショップ・ギャラリーという三つの機能をひとつの建物に集約した、京都でも珍しい オール・イン・ワンの窯元 です。そんな 独自の空間を切り盛りするご夫婦を訪問。その特異なスタイルと、ものづくりへの想いを伺いました。

4代 涌波蘇嶐さん

京都市生まれ。大学で造形美術 を学んだ後、京都の陶工専門学 校へ。京焼青瓷の第一人者である初代諏訪蘇山に師事した祖父から続く、涌波蘇嶐の名を襲名した4代目。片付けが得意。

涌波まどかさん

福岡県小石原出身。14代続く小石原焼の窯元の3女として生まれ、幼い頃から陶器に親しんで育つ。京都の陶工専門学校に入学した後、蘇嶐窯に嫁ぐ。京都「未来の名匠」認定。料理が得意。

京焼青瓷と小石原焼の技が交わって生まれた〈青瓷飛鉋〉

京都の清水焼と、福岡の小石原焼。異なる出自を持つご夫婦が営む『蘇嶐窯』の特徴は、その2つの伝統技法をかけ合わせた作品の数々。中でも特に象徴的なのが、京焼青瓷と小石原焼の伝統技法・飛鉋(とびかんな)技法を組み合わせた、〈青瓷飛鉋(せいじとびかんな)〉。涌波蘇嶐4代に渡り受け継がれる京焼青瓷の青と、まどかさんが実家から引き継いだ古時計のゼンマイを加工した道具で刻まれる飛鉋の融合は、全国でもここだけ。その誕生の背景には、こんなストーリーがありました。

息子のひと言をきっかけに動き出した新しい道

まどかさん「ここに嫁いでから初めの10年くらいは、主に茶道具を作っていた蘇嶐の裏方でした。だけどお茶のお客さんもそんなに多くはないので、私もバイトをしながら。そんな中で当時3〜4年生くらいだった息子に、“5代目は継ぎたいけど、陶器だけでは食べていけないから僕もバイトしなきゃ”みたいに言われて、本当にショックでした」。そこでご夫婦は本格的に、“次の世代により良い形でバトンを渡す方法”を考え、民藝品として発展した小石原焼の要素を取り入れ、日常的に使える器づくりへと舵を切ったそう。
そうして生まれた〈青瓷飛鉋〉。当初は、異なる産地の技法を掛け合わせるのはタブーではないかと不安もあったそうですが、実際には多くの好評を得て、いまでは全国から問い合わせがあるほどに。「やっぱり一般の食卓で使えるようにしたのは大きかったですね。それに京都は元々、そういうチャレンジングなことを受け入れる土壌があるんですよ」と蘇嶐さん。

夫婦それぞれの個性と技が織りなす『蘇嶐窯』のものづくり

精緻なろくろの技と、青瓷への飽くなき探求

2つの伝統技術が合わさって完成した〈青瓷飛鉋〉に象徴されるように、『蘇嶐窯』のものづくりには、ある程度の役割分担があるそう。中でも、ろくろを回して形を生み出すのは、主に蘇嶐さんの担当。寸分違わぬ器を繰り返し生み出す職人技は、夫婦で表現を追求するうえでも大きな強みになっています。また4代目・涌波蘇嶐としての単独名義でも作家活動を続けており、代々伝わる京焼青瓷に真正面から向き合っています。「雨上がりの空の色」とも称される青の出し方には特にこだわりが強く、先代たちの作品を手本にしながら、理想の青を模索し続けています。

暮らしの中から広がる発想と、伝統の装飾技法を器に込める

一方、“飛鉋”に並ぶ小石原焼の伝統である“刷毛目”などの装飾や、デザイン出し・アイディア出しを担うことが多いのは、まどかさん。料理好きとして日常的に器に触れてきた経験や、主婦としての実感を踏まえた視点が、その発想のベースになっています。持ちやすさ、軽さ、重ねやすさなど、日常での使いやすさを重視したデザインは、器に“用の美”を宿す大切な要素。ろくろを挽く夫の手に、そのアイディアを乗せて形にしていく。そんなご夫婦のやり取りが、『蘇嶐窯』の器に独自の温かみを生み出しています。

SNS発信から広がった人気作、ユーモラスな〈縄文シリーズ〉

ご夫婦での共作だけでなく、まどかさんがほぼ単独で手がける〈縄文シリーズ〉も人気。始まりは、息子さんが夏休みの宿題で縄文土器を作ったことをきっかけに、自らも試しで制作してみた遮光器土偶。SNSにアップしたところ大きな反響を呼び、限定販売が即完売したことからシリーズ化したそう。以降は、丼ぶり&レンゲのセットや帯留め、ヘアアクセサリーなど、ユーザーからのリクエストも取り入れながらラインナップを拡充。近年では、宮大工が仕上げた無垢材を盤に使ったチェスセットなど、多方面の工芸と独自の創造性をかけ合わせたアーティスティックな試みも。ユーモラスでありながら不思議な力強さを放つ作品群は、従来の陶芸の枠を軽やかに越え、日常を楽しく彩る存在として支持を集めています。

新しいものを良しとする京都の土壌に育まれる挑戦

そんな夫婦の挑戦が受け入れられてきたのも、京都という街ならではと蘇嶐さんは言います。「京都って昔から、新しいものが受け入れられやすい場所なんです。たとえば、窯の中で灰が被ってできた斑点も、お茶の世界では“景色”として愛でられる。普通だったらダメな作品も、そこに美を見出す文化があるんです」。
「保守的に見られがちだけど、実は違う。だから私たちみたいな“アウトロー感”のある取り組みも、むしろ楽しんで受け入れてもらえてるのかなと思います」と、まどかさん。

また工芸の街と呼ばれる京都でも、多くの店舗は工房と切り離されており、制作の現場を間近に見られる機会はそう多くありません。その点、工房とショップが一体化した『蘇嶐窯』なら、ろくろを挽く音や削りの手仕事など、現場の空気をそのまま体感できることが可能。そういった売り場と制作現場の新たな関係値も、これからの京都の形のひとつなのかもしれません。

そう遠くない未来に訪れる次代への継承に向けて

そして話題は自然と、先にも触れた次の代、つまり5代目として涌波蘇嶐を継ぐ予定の息子さんの話へ。
まどかさんは話します。「息子は現在、大学で化学を学びながら、工房での手伝いも始めてくれています。ですがどうしてもイライラすることが多くて(笑)、私たちも、どう伝えていくか、どう伸ばしていくか模索中です。だけど数年以内には確実に、継承の段階がやってくる。親としても作り手としても、上手にバトンを渡す方法を探っていきたいですね」。

そんな息子さんへの継承を見据えるからこそ、いまご夫婦が大切にしているのは、挑戦を止めないこと。最後に蘇嶐さんはこう話してくれました。
「伝統って、ただ守っていくだけじゃなく、新しいものが生まれてこそ残っていくものだと思うんです。大切なのは、100年後にどうなっているか。だからいま挑戦していることも、その繰り返しの中で伝統になっていくはずだし、技術や伝統だけでなく、そういった想いまで継承していけるといいですね」。
日々の暮らしに寄り添う器をつくり続けながら、その先の未来を見据えるご夫婦。『蘇嶐窯』の挑戦は、次の世代へと着実に引き継がれようとしています。

新たな挑戦で伝統を紡ぐ家族窯、『蘇嶐窯』へあなたもぜひ

異なる出自を掛け合わせることで、伝統的でありながらも革新的な、暮らしに寄り添う器をつくる『蘇嶐窯』。ご夫婦それぞれの視点から生まれる技術と表現の融合は、京都という街の風土に支えられながら育まれ、いまや多くの人に愛される存在へと成長しています。
そんな、暮らしに溶け込みながら進化を続ける『蘇嶐窯』の器たち。京都を訪れた際には、ぜひその唯一無二の工房兼ショップで、確かな手仕事に触れてみてください。


蘇嶐窯
住所:京都市東山区清水4丁目170-22 MAP
URL:https://soryu-gama.com/

Credit
Photo_Ryo Sato
Edit&Text_Satoshi Yamamoto


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