2026.03.10
熱海銀座商店街の一角に、江戸時代から干物屋として続く老舗『小沢ひもの店』。干物の販売のみならず、店頭で焼いて提供する角打ちスタイルが、今や地元民、観光客、移住者の交差点になっています。店主・小澤 毅さんが持ち込んだ、アメリカ仕込みの感性と、干物文化を広く伝えたいという思い。その組み合わせが、熱海の干物に新しい風を吹かせています。

小澤 毅さん/小沢ひもの店 代表
アメリカ留学や各地の古着屋での経験を経て、コロナ禍に家業を引き継ぐ。干物の提案のみならず、オリジナルグッズのデザインも手がけ、老舗に新たな風を吹き込む。
目次


和銅3年(710年)より続く、熱海で最も古い干物屋と言われる『小沢ひもの店』。コロナ禍を機に暖簾を受け継いだ現店主・小澤 毅さんは、それまで干物とは縁遠い場所にいました。
「アメリカや洋服が好きで。古着屋でアルバイトしたり、2年間アメリカに留学したりもしました」。
加えて東京なども行き来しながら、ずっとアメリカ文化の中で生きてきた小澤さん。そのバックグラウンドは、今の店のあちこちに宿っています。Tシャツやパーカといったオリジナルグッズも、もともとはスタッフ用に作ったものが「それ欲しい!」というお客様からの声で販売へと広がり、今では店の顔のひとつに。デザインはすべて小澤さん自身が手がけているそうです。


「干物の基本的な製法は、どこも一緒だと思います」と小澤さんは言います。開いて、塩に漬けて、干すというのが干物の基本製法。もちろん店ごとに微細な塩分濃度の差や干し方の違いなどはあれど大きくは一緒だと話し、その上で伝えたいことは別の点にありました。
「僕が販売する干物は、自分が美味しいと思ったものをお客様に食べていただきたいという思いだけ。他社とは違いますという工程の説明よりも、自分の舌で感じた本当に美味しい干物をシンプルに伝えたいんです」。
大切なのは、工程の独自性より、食べ手への誠実さ。そのシンプルな軸が、老舗の底に流れています。
「近海ものだけで展開すると、中には脂が乗っていない魚もあるのが実情です」と話し、アジは九州から、サバはノルウェーから。金目鯛とカマスは地魚を選び、世界のいいものを仕入れるのが、『小澤ひもの店』の方向性です。
「店頭に並んでいるのは、どれもジューシーでしっとりとした美味しい干物だけ」。
干物といえば、かつてはカラカラに乾いた保存食というのが主流でしたが、今はしっとりジューシーな仕上がりを求められます。それを実現するのは世界からの仕入れにありました。


店頭で販売している干物を、その場で焼いて提供する角打ちスタイルは、思いつきから生まれたと小澤さんは振り返ります。
「干物の美味しさを伝えたいという思いから、いっそこの場で食べられるようにしようと考えました」。
完全な飲食でもなく、物販だけでもない形が、食べて美味しかったら買って帰るという相乗効果を生みました。また、若い人にはこれまで干物を食べたことのない人も多いそうで、その入り口としても手軽な角打ちスタイルが評判を呼んでいます。
「熱海には、地元の方、移住してきた方、観光のお客様の割合がバランスよくいらっしゃいます。彼らが角打ちという場で交わることで、ここ美味しいよ、ここ面白いよ、といった熱海の情報を交換する場所にもなっているんです」。
その風景を見て、小澤さんはこれが自分の求めていることだと感じたと話します。彼が本当に願うのは、干物屋としての繁盛だけでなく、熱海の良さを伝えていくこと。干物の角打ちが、この街の緩やかなコミュニティになっています。


「独自性よりも、干物業界みんなが良くなればいいという大きなところで干物の美味しさを伝えていきたい。自分の店だけが勝てばいいという考えは全くありません」。
この言葉には、老舗の余裕ではなく、食文化への純粋な愛着がにじんでいます。干物はおかずにも、おやつにも、お土産にもなる日本が誇るもの。そうした文化を特に若い世代へ伝え、干物を次代に紡いでいきたいと考えます。その先に、店舗展開もできたら嬉しいと、小澤さんは静かに語ります。
300年以上の歴史を持ちながら、新しい眼差しで干物の未来を見つめる。『小沢ひもの店』は今日も、熱海の銀座商店街で誰かの最初の一口を待っています。

小沢ひもの店
住所:静岡県熱海市銀座町10-20 MAP
URL:https://www.ozawahimonoten.co.jp
Credit
Photo_Taijun Hiramoto
Text & Edit_Takuya Kurosawa
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