2025.08.07
『GOSHOEN(護松園)』は、100年続く塗箸メーカー『マツ勘』が、次の100年を見据えて立ち上げた“みんなの別邸”。地域の人、旅人、ものづくりに携わる人。誰もが気軽に訪れ、自然体で関わりを育めるこの場所には、まちの未来が宿っています。今回はそんな『GOSHOEN』スタッフの新田優奈さんにご案内いただきながら、その魅力をたっぷりとお届けします。
目次
『護松園』は元々、江戸時代に北前船の商人「古河屋」の五代目が、小浜藩のお殿様をもてなすために建てた邸宅で、現在では福井県の有形文化財にも指定される、由緒正しき建物。その名は、かつて象徴的に生えていた松の木に由来し、「松を護る園」という意味で『護松園』と呼ばれたそう。「いまはその跡地に、『マツ勘』100周年を記念して新たな松を植えているんです。未来にも続いてほしいという願いを込めて」と新田さん。庭から見える新しい松が次の100年の始まりをやさしく見守っています。
「ここが元々どんな場所かって、意外と地元の人も知らなかったりするんですよね」。新田さんがそう話す『護松園』は、かつては地元の人も入ることができず、閉ざされた建物だったそう。そうした現状を憂い、県の有形文化財でもあるまちの宝物を有効活用しようと、そのすぐ近くに本社を構える『マツ勘』が2022年にリノベーションを敢行。江戸時代に賓客をもてなすために建てられた邸宅は、今では“みんなの別邸”として生まれ変わり、小浜に住む人も、観光で訪れた人も、誰もが気軽に立ち寄れる場になっています。
数奇屋風の商家の建物は、一見でわかりやすい派手さはないものの、秋田杉を筆頭に全国の銘木を建物の随所に用いるなど、建物の細部にまで賓客を迎え入れる“こだわり”が見られます。そんな歴史的建物をじっくりと堪能できるのもこの場所ならでは。以下に鑑賞ポイントの一部をご紹介します。
〈月を見るための部屋〉
玄関から隠された階段を登るとそこは異空間。小さな部屋に似合わず、大きな窓に囲まれたこの部屋は、通称〈月見の間〉。床を背にすると、右手の大きな窓は肘掛と手摺。庭の借景となっている若王子山から昇る月を眺める、来賓用の秘密の部屋です。
〈趣のある美しき釘隠し〉
日本海の荒波を越えて運ばれた、木目の美しい秋田杉の柱には、それらをつなぐ釘を覆う“釘隠し”が施されており、そこには美しい貝の飾りが使われています。また一つひとつ模様が違っており、お気に入りのデザインを探してみるのも一興です。
〈隅柱のない造り〉
贅をつくした書院から、山を借景とした美しい庭園を臨むのがこの建物の目的。そのため、庭を眺めるために邪魔になる隅柱がなく、座敷に腰を下ろすと庭園と一体となった空間を感じることができます。高度な建築様式は、建築ファン垂涎。
『GOSHOEN』の一角にある〈みんなのMUSEUM〉は、小浜のルーツや文化を身近に知ってもらうための場所。「ここがすごいぞ古河屋! みたいな(笑)、見やすいようにちょっとポップな展示にしてるんです」。展示されているのは、若狭塗の柄の面白さや古河屋の人物像が伝わる資料など。「歴史って難しいものじゃなくて、まちの魅力の入口にできると思っていて。地元の小学生たちも授業で見に来てくれてるんですよ」と、まちの学び場としても活用されています。スタッフも小学生に負けじと真剣に勉強!
天井が高くて、蔵ならではの静けさがある〈みんなのスペース〉は、誰でも自由にくつろげるシェアスペース。「ひとりで本を読んだり、PC作業したり。打ち合わせに使う人もいます」。必要があれば貸し切ってワークショップや展示、イベントも可能。「何をすると定めず、余白があるからこそ、活用方法は無限大です」と語る新田さんは、過去にここで音楽イベントを開催したこともあるそう。
シェアスペースとしてもうひとつ設けているのが〈みんなの図書館〉。本のラインナップにはスタッフの趣味が詰まっており、「サウナの本とか釣りの本とか、だいぶ偏ってます(笑)」。けれど、地域の公立図書館では置いていないマニアックな本に出会うことができる貴重な場所となっています 。「貸し出しもしていて、常連の小学生がここで宿題をすることも。英語でつまずいたら、カフェのカウンターにいる外国人の先生が自然に手伝ってくれたりもするんですよ」。
ここは昔、お殿様が庭を借景にして座ったという特別な空間。「だから、隅に柱がないんです。景色を美しく見るためですね」。その空間が今では、赤ちゃんも安心してはいはいできる〈みんなのリビング〉に。「家具も角がないものを選んでいて、縁側にはマットを敷いています」。建築の美しさを残しながら、誰にとっても居心地のいい場所に生まれ変わり、「気づくと、みんな本当にリラックスしてるんですよね」と、私たちもとても優雅なひとときを過ごさせていただきました。
敷地内にはコーヒースタンド『ene COFFEE STAND』も併設していて、本格マシンで淹れるラテが人気。この日いただたいのは<抹茶ラテ>と<ハニーレモンドーナツ>。地元のハチミツを使ったやさしい甘さで、幸せ気分もひとしお。「お箸でスイーツを食べてもらうのも特徴のひとつ。使っているお箸はショップで購入もできますよ」。
またオーダーしたメニューは、館内どの席でも飲食可能。『ene COFFEE STAND』のカウンターでおしゃべりしながらコーヒーを飲んだり、縁側でほっとひと息ついたり。お気に入りの場所でカフェタイムを楽しんで。
館内にはもちろん、『マツ勘』のショップ機能『箸蔵まつかん本店』もあり。ここには伝統の若狭塗箸からモダンなデザインまで、選びきれないほどの箸がずらり。また器とのマッチングを考えた〈UTSUWATO〉シリーズや、波佐見焼の陶磁器ブランド『マルヒロ』とのコラボなど、デザインやコンセプトも実にさまざま。
「まずは、どんどんお手にとっていただきたいですね」と新田さん。触れることで、手になじむ重さや感触が分かってくるそう。「鉛筆みたいな六角形が持ちやすい人もいれば、彫りの入ったものが好きな人もいて。箸って毎日の道具だからこそ、自分に合う一膳がきっとあると思います」。
「UTSUWATO」うつわと、楽しむ三角箸
nendo × 箸蔵まつかん「hanataba」
STILLEBEN トング
若狭塗 伝統工芸士 古井正弘|桐箱入 貝きりこ
若狭塗 伝統工芸士 古井正弘|桐箱入 花篭
「地域の人とちゃんと交わる場所って、意外となかったんです」。『マツ勘』100周年をきっかけに始まった『GOSHOEN』は、売り買いするだけの場所でなく、これからの100年を地域とともに育てていく拠点でもあります。定期的に開催するマーケットイベント『MINATOENE-湊縁-』などのイベントを開いたり、地元の子どもたちが“まちっていいな”と思えるような思い出をつくったり。「“みんなの別邸”っていうテーマにも、その気持ちが込められていて。世代も立場も超えて、つながれる場所にしたいんです」と、100年先の暮らしをまちのみんなで育てようとしています。
「最初は図書館で勉強してた子が、今はカフェのカウンターで宿題してたりして」。新田さんが笑うように、『GOSHOEN』では、子どもからお年寄り、外国の先生や観光客まで、あらゆる人が自然に交わっています。「この場所での思い出が、その子にとって“地元に帰りたくなるきっかけ”になったら嬉しいですよね」と語る新田さんもまた地元の出身者です。この地に生まれ育ち、そして戻ってきた彼女が見つめるのは、“地元を誇りに思える場所”を、次の世代へと手渡していくことなのかもしれません。
『GOSHOEN』は、ただの観光施設でも、ものづくりの発信地でもありません。日常と非日常が交わるような、地域に開かれた“みんなの別邸”のような存在として、訪れる人それぞれの時間が流れています。小浜の未来を静かに見つめながら、100年前から続く物語とともに、次の100年をつくっていく。そんなあたたかなまちの拠点が、ここにはありました。
GOSHOEN
住所:福井県小浜市北塩屋17-4-1 MAP
URL:https://goshoen1815.com
Credit
Photo_Ryo Sato
Edit_Satoshi Yamamoto
Text_Takuya Kurosawa
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