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2024.02.22

「2次元で3次元を表現したい」。富士吉田で100年続く『舟久保織物』が追求し続ける新しい織物のカタチ

市内の各所から富士山の絶景を目の前に見ることができる、山梨県富士吉田市。実はこの街、1000年以上も前から織物の産地として歴史を紡いできたこと、ご存じですか? 培われた技術は今に引き継がれ、小さな織物工場が新しい取り組みに挑戦しながら、また次の世代に繋がっていこうとしています。
全国各地の伝統工芸にスポットを当てる連載企画「ボクとワタシの伝統工芸」。今回は、富士吉田市で100年続く『舟久保織物』の3代目、舟久保 勝さんの取り組みをクローズアップします。

1000年以上前から続く歴史。大正時代からほぐし織の街に

「甲斐の国は布を納めること」。平安時代中期の967年に施行された『延喜式』という法典には、このように書かれているそうです。1000年以上も前から山梨県は、織物を産業としてきました。富士山のお膝元である富士吉田市でも古くから織物が盛んで、大正時代になると『ほぐし織」』の織物が作られるようになります。その特徴は、先に糸に柄をつけてから織る「先染め」という技法による、温かみと奥行きが感じられる柔らかな生地の風合い。
中でも『舟久保織物』は大正13年(1924年)から続く織物工場で、2024年で100周年を迎える老舗。富士吉田の『ほぐし織』の技術を代々引き継ぎ、現在は創業者の孫にあたる舟久保 勝さんが3代目として、ご家族と共に織物業を営んでいます。

オリジナルの洋傘やネクタイを製造・販売

『舟久保織物』では、企業から依頼を受けて生地の生産を行う以外に、自社の生地を使用した洋傘やネクタイなどの製造・販売も行っています。特に洋傘はオリジナルブランド『harefune』として確立。伝統的な『ほぐし織』の生地を使用した、開くのが楽しくなるようなオシャレなデザインを展開しています。
新しい発想を取り入れた商品も数多く、左の洋傘は「傘の内側に光が射すようにしたい」という東京造形大学の学生のアイデアをもとに生地を制作。落ち着いた色合いの右の洋傘は、角度によって色味が変わる仕掛けが生地に施されています。
そんな伝統技術と新しいアイデアが融合するステキな舟久保織物さんのアイテムに、『OMUSUbee-store』スタッフもご執心。ここだけの話、『舟久保織物』と『OMUSUbee』のコラボレーションで、オリジナルの洋傘を作ることも決定しています。詳細は後日発表予定ですのでお楽しみに。

今も尽きない織物への好奇心。でも最初はやる気ゼロ

ここからは『舟久保織物』の3代目、舟久保 勝さんの取り組みに迫っていきましょう。
『ほぐし織』の職人として約50年のキャリアがある舟久保さん。「職人気質で気難しい方かもしれない」とも思いながら取材に伺いましたが、実際にお会いすると、柔らかな雰囲気の優しいお父さんのような方。そしてお話をしていると、織物の仕事が本当に好きなこと、今も新しい織物を作ることに強い好奇心があることが、ひしひしと伝わってきました。しかし最初から今のお気持ちで仕事をしてきたわけではなかったそうです。

「正直いやいやで入った家業で、やる気はまったくありませんでした。働き出す前日までスキー場にいましたからね」。
大学に進学し、その後、やりたい仕事もあったという舟久保さん。しかし進学はできず、織物の世界へ。依頼を受けた仕事を、ただこなすだけだったそうです。時間が経ち、「生産現場として良い生地を作る」という気持ちこそ芽生えましたが、新しいことに挑戦したり、地元の技術を広めたりすることには関心がなかったそう。
そんな舟久保さんに転機が訪れたのは約20年前。海外で生地の大量生産を行う企業が増え、「今のままではダメだ」という声が、富士吉田の織物工場からあがるようになります。そしてオリジナルの商品を製造・販売、富士吉田の織物産業の振興のための活動に目を向けるように。当時40代だった舟久保さんも、若い職人と一緒に国内外の産地の視察や、大学とのコラボレーションなどに参加。ここで多くの刺激を受け、新しいことへのチャレンジを積極的に行うようになったそうです。

まずやってみる。新しい織物のカタチを常に追求

20年前のピンチをきっかけに織物への好奇心が高まった舟久保さん。現在では、『ほぐし織』の伝統的な技法を大事にしつつも、既存の枠に囚われない「新しい織物のカタチ」を追求しています。
麻のような素材を使用した織物、紙でできた糸を使用した織物、3枚の『ほぐし織』の生地を重ねて1枚の生地で表現した織物、生地にグラデーションの藍染を施した織物など、社内には舟久保さんがチャレンジしてきた新しい織物がたくさんあり、ひとつひとつ丁寧に紹介してくださいました。これらの生地は、舟久保さんにとって大切な財産です。
「今までやったことがない織物作りの相談をされた時に、できません、とは言いたくありません。やってみます、時間をください、と言えるようにしていたいんです。実際、初めてのことに挑戦すると、思ったようにいかないことばかり。こうすればできるはず、と考えてやってみても、失敗作ができてしまうこともしょっちゅうです。その時に、なんでこうなってしまったんだろう、と考えている時間が好きなんですよね」と語る舟久保さん。その表情は本当に楽しそうでした。

一番と伝えると子どもが織物に興味を持ってくれる

伝統工芸の世界で、多くの地方で課題となっているのが後継者問題。富士吉田の『ほぐし織』も例外ではありません。だからこそ舟久保さんは、次の世代に『ほぐし織』の技術を継承するため、地元の子どもたちに織物を伝える活動も行っています。
「子どもたちにこの地域で自慢できるものは? と聞くと、富士山の次が出てこないんですよ。富士吉田が織物の産地だと知らない子どもが多いんですね。その時は、“この地域は先染め織物の洋傘の生産量が一番”とか、“先染め織物のネクタイの生産量が一番”と伝えると、子どもたちも織物に興味を持ってくれるようになるんです。富士山が一番って教わっていますから、みんな一番が好きなんですよね。あとは絹糸に触ったことがない子どもがほとんどなので、難しい話よりも色々な生地を触ってもらい、生地の違いを知ってもらうようにしています」。
また織物の技術継承は地元に限った話ではなく、舟久保さんの元には海外からも問い合わせが来ているそうで、できる限り協力をしたいと、前向きに取り組んでいました。

まずは2次元で3次元を表現することを極めたい

最後に、舟久保さんに『ほぐし織』職人としての目標を伺いました。
「僕の中での究極は、2次元で3次元を表現すること。平面だけど立体感がある織物を作りたいと思っています。まだそれが完成しているわけではありませんので、まずはそれをクリアすることが現状の目標です。今の時点では手が回らないので頭の隅に置いているだけですけど、絹の『ほぐし織』も極めたいですし、将来的には紅花染にもチャレンジしたいと思っています。できれば80歳まで仕事をしたいので、あと10年ちょっと。その間でやれることは限られていますが、色々なことにアンテナを立て、勉強し、詳しい人を巻き込んで一緒にやっていきたいですね」。


舟久保織物
住所:山梨県富士吉田市小明見2-20-18 MAP
URL:https://funakuboorimono.com/


Credit
Photo_Taijun Hiramoto
Text_Kango Shimoda
Edit_Satoshi Yamamoto


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